特定の対象への許せない感情を客観視するための紙での書き出しワーク
許せない怒りや悲しみは、しばしば特定の誰か、あるいは過去の出来事といった対象に向けられるものです。こうした感情は、その対象に囚われてしまうことで、なかなか手放すことが難しくなります。心の中に感情が渦巻き、その対象を考えるたびに苦しさが募ることもあるでしょう。
このような状態から抜け出すための一つの有効な方法が、「感情を客観視すること」です。感情を客観視するとは、その感情の中にどっぷり浸かるのではなく、少し距離を置いて、まるで第三者の視点から眺めるように自分の感情を捉えることです。これにより、感情に圧倒されにくくなり、状況や自分自身の心をより冷静に見つめ直すことができるようになります。
ここでは、紙と筆記用具を使って、特定の対象に向けられた許せない感情を客観視するための具体的な書き出しワークをご紹介します。デジタル操作が苦手な方でも、ご自身のペースで安心して取り組んでいただけます。
客観視のための書き出しワークの目的
このワークは、あなたが抱える特定の対象への許せない感情を、以下の点から整理し、客観的に捉えることを目的としています。
- 感情と事実を区別する
- 感情の背景にある思考や解釈に気づく
- 感情に距離を置き、冷静さを取り戻すきっかけを作る
感情そのものを「なくす」ことではなく、感情との付き合い方を変えるための一歩となるでしょう。
ワークに取り組む準備
- 静かで落ち着ける場所を選びましょう。
- A4サイズの紙を数枚用意します。
- 書き慣れたペンや鉛筆を用意します。
- 途中で休憩できるよう、飲み物などを準備しておいても良いでしょう。
- 誰にも邪魔されない、ご自身の時間として確保してください。
客観視のための書き出しワークの手順
以下の手順で、紙に書き出しを進めていきます。形式は自由ですが、書き出しやすいように線を引いて欄を作るなど工夫しても構いません。
ステップ1:感情の対象と状況を特定する
まず、あなたが許せない感情を抱いている「特定の対象」(人物、出来事、特定の状況など)を明確にします。そして、その感情が特に強く湧き上がるのはどのような「状況」かを具体的に書き出します。
- 例:
- 対象:かつての友人〇〇さん
- 状況:〇〇さんが私に対して言った、ある言葉や取った態度を思い出すとき
紙に以下のように書き出してみましょう。
- 私が許せない感情を抱いている対象: __________
- その感情が強く湧き上がる具体的な状況: __________
ステップ2:感情が発生した際の「事実」を書き出す
ステップ1で特定した状況について、あなたの感情や解釈を含めずに、「事実」として何が起こったかを書き出します。これは、まるで監視カメラが捉えた映像のように、客観的な情報のみを記述するイメージです。誰が、いつ、どこで、何を言ったか、何をしたか、といった、確認可能な客観的事実に焦点を当てます。
- 例:
- 20XX年X月X日、喫茶店〇〇で、友人〇〇さんが私に向かって「あなたはいつも~だね」と言った。
- 私はその言葉を聞いて、〇〇さんの顔を見た。
紙に以下のように書き出してみましょう。
- その状況で起こった客観的な事実:
- __________
- __________
- __________
ステップ3:その事実に対する「あなたの感情」を書き出す
ステップ2で書き出した客観的な事実に対して、その時あなたがどのように感じたかを具体的に書き出します。怒り、悲しみ、失望、悔しさなど、湧き上がってきた感情を正直に、率直に表現します。感情に良い悪いはないので、安心してそのまま書き出してください。
- 例:
- 〇〇さんの言葉を聞いて、ひどく傷ついた。
- 怒りが込み上げてきて、その場から逃げ出したくなった。
- 自分が否定されたように感じ、悲しくなった。
紙に以下のように書き出してみましょう。
- その事実に対してあなたが感じた感情:
- __________
- __________
- __________
ステップ4:感情の背景にある「あなたの思考・解釈」を書き出す
ステップ3で書き出した感情が、どのような考えや解釈から生まれたのかを書き出します。同じ事実を見ても、人によって感じる感情は異なります。それは、その事実をどう受け止め、どう解釈するかによって変わるからです。あなたの感情を生み出した、その事実に対する「あなたの見方」を明らかにします。
- 例:
- 〇〇さんがそう言ったのは、私を馬鹿にしているからだと思った。
- 私の努力を全く評価していないと感じた。
- 私は〇〇さんにとって大切な存在ではないのだと解釈した。
紙に以下のように書き出してみましょう。
- その感情の背景にあるあなたの思考や解釈:
- __________
- __________
- __________
ステップ5:事実と感情・思考を切り離して眺める
ステップ2で書き出した「事実」と、ステップ3、4で書き出した「あなたの感情や思考・解釈」を並べて眺めます。
- 事実: 〇〇さんが「あなたはいつも~だね」と言った
- あなたの解釈と感情: 「馬鹿にされた」「否定された」「悲しい」「怒り」
ここで重要なのは、「〇〇さんがそう言った」という事実と、「それを聞いてあなたがどう解釈し、どう感じたか」は、切り離して考えられる、ということです。〇〇さんの言葉は事実ですが、それが「あなたを馬鹿にする意図であったか」はあなたの解釈かもしれません。そして、その解釈に基づいて「傷ついた」「怒りを感じた」のはあなたの感情です。
このワークを通じて、あなたは自分が抱く強い感情が、特定の「事実」そのものから直接生まれるのではなく、「事実に対するあなたの解釈や思考」を経て生まれることを理解し始めます。これにより、感情そのものから一歩距離を置き、より客観的に状況を捉えることができるようになります。
紙の上で、事実の欄と、感情・思考の欄を見比べながら、しばらく静かに眺めてみましょう。
ワークに取り組む上での心構えと注意点
- 完璧を目指さない: 一度にすべてを整理しようと思わないでください。このワークは、感情を完全に消し去る魔法ではありません。少しでも感情に距離を置くことができれば十分です。
- 感情に良い悪いはありません: どのような感情が湧いてきても、それを否定したり、恥ずかしく思ったりする必要はありません。ただ、紙の上に正直に表現することを自分に許してください。
- 無理は禁物: ワーク中に感情が溢れすぎて辛くなったら、すぐに中断してください。深呼吸をしたり、安心できる方法でリラックスしたりしましょう。また後日、体調や気持ちが落ち着いている時に改めて取り組んでみてください。
- 繰り返し行う: 一度で感情が整理されなくても、日を改めて繰り返し行うことで、少しずつ感情との付き合い方が変わっていくことがあります。
このワークから得られること
この書き出しワークを通して、あなたは許せない感情に囚われている状態から、その感情を少し距離を置いて眺める「客観視」の視点を養うことができます。事実と感情・思考を区別する練習は、感情の波にのまれそうになったときに、冷静さを保つ助けとなります。
感情を客観視できるようになると、その感情が生まれるパターンに気づいたり、異なる視点から状況を捉え直したりすることが可能になります。これは、あなたが感情に振り回されるのではなく、感情を理解し、適切に対処していくための大切な一歩となるでしょう。
許せない感情と向き合うことは、決して容易なことではありません。しかし、紙という安全なツールを使って、ご自身の内面に静かに耳を傾ける時間を持つことは、必ずあなたの心の平穏につながるはずです。ご自身のペースで、焦らず取り組んでみてください。