未完了な感情に区切りをつける紙での書き出しワーク - 想定した相手との対話ノート
未完了な感情とは何か、なぜ私たちを苦しめるのか
心の中にいつまでも残る「許せない怒り」や「癒えない悲しみ」。その中には、過去の出来事や特定の相手との関係の中で、「言えなかったこと」「伝えきれなかった思い」が形を変えて存在している場合があります。あの時、本当はこう言いたかった。なぜ、あの人はあんなことをしたのだろう。どうして自分の気持ちを理解してくれなかったのだろうか。そういった未完了な感情や、心残りの言葉は、まるで消化されない食べ物のように、私たちの心の中に留まり続け、苦しみや後悔として繰り返し思い出されることがあります。
誰かに話を聞いてもらうことで楽になる場合もありますが、状況によってはそれが難しかったり、自分のペースでじっくり向き合いたいと感じることもあるでしょう。また、すでに過去の出来事であり、相手との関係性がなくなっている場合もあります。
この記事では、そうした心の中で未完了になっている感情や、言えなかった言葉を整理するための一つの方法として、「想定した相手との対話ノート」という書き出しワークをご紹介します。これは、紙と筆記用具があれば、いつでもどこでもご自身のペースで取り組むことができるシンプルなワークです。
想定した相手との対話ノートとは?
このワークは、実際に相手と会話するのではなく、紙の上で「あたかも相手と対話しているかのように」自分の思いや、もし相手がいたらと想像する返答などを書き出していくものです。心の声に耳を傾け、それを文字にすることで、曖昧だった感情や思考が整理され、新たな気づきが得られる可能性があります。
過去の出来事について、あるいは現在進行中の関係性の中で感じているけれど、直接伝えることが難しい思いについて、この対話ノートを活用することができます。目的は、相手を変えることではなく、ご自身の心の中の感情に焦点を当て、その感情を理解し、整理することにあります。
対話ノートを始めるための準備
このワークに必要なものは、紙と筆記用具だけです。ノートでも、ルーズリーフでも、お好きな紙をご用意ください。誰かに見せるためのものではありませんので、気楽に取り組めるものを選びましょう。
静かで、ご自身が安心して取り組める時間と場所を確保することをお勧めします。途中で邪魔が入らず、ご自身の内面に集中できる環境が良いでしょう。
ワークの手順:想定した相手との対話ノート
では、具体的な手順をご説明します。
ステップ1:テーマと「対話の相手」を決める
まず、あなたが心の中で未完了だと感じていること、誰かに対して言えなかったこと、伝えられなかった思いなど、このワークで扱いたいテーマを一つ決めます。そして、そのテーマに関連する「対話の相手」を想定します。
- 例えば、「あの時の父の言葉について」「友人に頼みごとを断れなかったことについて」「職場で感じた不公平さについて」など、具体的な出来事や状況を設定します。
- 「対話の相手」は、その出来事に関わった特定の人(例:父、友人、上司)でも良いですし、もし特定の人ではない場合は、当時の状況や、あなた自身の心の中の「もう一人の自分」を相手にしても良いでしょう。
紙の上部に、日付と、簡単なテーマ、そして対話の相手の名前(または対象)を書いておくと、後で見返した時に分かりやすくなります。
例: 〇月〇日 テーマ:あの時の母の言葉について 対話の相手:母
ステップ2:「自分」の言葉を書き出す
紙を縦半分に線で区切るか、またはページの左側を「自分」、右側を「相手」と決めて使います。
まず、「自分」の側に、対話の相手に対してあなたが言いたかったこと、伝えられなかったこと、感じたことなどを思いつくままに書き出します。
- 当時の正直な気持ち(怒り、悲しみ、悔しさ、寂しさなど)を表現しましょう。
- あの時言えなかった言葉、ずっと心の中にあった問いかけなどを書いてみましょう。
- 理屈ではなく、感情のままに書くことが大切です。「なぜあの時、あなたは〇〇と言ったのですか」「私はとても傷つきました」「本当は△△して欲しかった」など、心の声に耳を傾けて書きます。
- 文章にならなくても構いません。単語でも、箇条書きでも、殴り書きでも、ご自身が表現しやすい方法で書き出してください。
例(紙の左側に書くイメージ): 自分: あの時、母さんが「そんなこともできないの」って言った時、すごくショックだった。 私は一生懸命頑張っていたのに、全然認めてもらえない気がした。 悲しくて、情けなくて、でも言い返せなかった。 今でもその言葉を思い出すと、胸が締め付けられる。
ステップ3:「想定した相手」の言葉を書き出す
次に、紙のもう片方の側(例:右側)に、「対話の相手」がもしあなたの言葉に答えるとしたら、どのように答えるかを想像して書き出します。
- これはあくまで「想像」です。相手の実際の気持ちや考えとは異なる可能性が十分にあります。
- 相手の立場や性格、当時の状況などを考慮に入れて想像しても良いですし、あるいはご自身が「こうだったら良かったのに」と思う理想の返答を想像して書いても良いでしょう。
- 目的は、相手の視点を理解することではなく、この「対話」のやり取りを通じて、ご自身の心の中にある感情を様々な角度から見つめ、動かすことにあります。
- 想像するのが難しい場合は、「相手は何も言わない」と書いても構いません。
例(紙の右側に書くイメージ): 想定した相手(母): そんなに深く傷つけていたなんて、気づかなかったよ。ごめんね。 あなたも頑張っていたのに、私の言い方がきつかったね。 ついきつい言い方をしてしまったけど、あなたのことを心配していたんだ。
ステップ4:対話を続ける
ステップ2とステップ3を繰り返します。想定した相手の言葉を受けて、あなたがさらに感じたこと、伝えたいことを「自分」の側に書き、それに対する「想定した相手」の言葉を再びもう片方の側に書きます。
- このやり取りを何度か繰り返すうちに、感情が少しずつ変化したり、新たな気づきが生まれたりすることがあります。
- 心の中で言えなかった言葉を全て出し切ったと感じたり、感情が落ち着いてきたりするまで続けてみましょう。
- 無理に相手を「許す」結論や、「解決」を導き出す必要はありません。ただ、ご自身の内面にある感情や思考を文字にして外に出すプロセスそのものに意味があります。
例(対話の続き): 自分: 心配してくれていたのかもしれないけど、あの時の言葉は本当に痛かった。 もっと別の言い方があったんじゃないかと思う。 今でも、自分のやっていることに自信が持てなくなる時があるのは、あの言葉が原因かもしれないと感じる。
想定した相手(母): そうだったんだね。あなたの頑張りをちゃんと見てあげられなかった。 私の言葉が、そんなにも長くあなたを苦しめていたなんて。 ごめんね。これから、あなたのことをもっと認められるようにするね。
自分: (少し心が軽くなった感じ) うん、ありがとう。分かってくれて嬉しい。 あの時のことを乗り越えて、今は自分で自分を認められるようになりたいと思う。
ワークに取り組む上での心構えとポイント
- 正直に書き出す: 誰に見せるわけでもありません。体裁を気にせず、心の中で感じていること、思ったことを正直に書き出すことが重要です。
- 判断せず、ただ書く: 書いている内容が良いか悪いか、正しいか間違っているかといった判断をせず、ただ湧き上がってくる言葉や感情をそのまま書き出しましょう。
- 完璧を目指さない: きれいな文章を書こうとしたり、完璧な対話を成立させようとしたりする必要はありません。書き出すこと自体がワークです。
- 安全な場所で行う: 物理的にも心理的にも、安心してこのワークに取り組める環境を選びましょう。
- 無理はしない: 感情が強く揺さぶられすぎる場合は、途中で中断しても構いません。ご自身の心の状態に合わせて、無理のない範囲で取り組みましょう。
- 書いたものの扱い: 書き終えたノートや紙をどのように扱うかは、ご自身で決めてください。記録として残しておいても良いですし、感情を出し切った証として破り捨てたり、燃やしたりして物理的に手放すという方法を選ぶ方もいます(火の扱いには十分注意してください)。ご自身が最も心が安らぐ方法を選んでください。
期待できる効果と注意点
この対話ノートに取り組むことで、以下のような効果が期待できます。
- 感情の明確化: 心の中でごちゃ混ぜになっていた感情や思考が、文字にすることで明確になります。
- カタルシス: 抑え込んでいた感情を外に出すことで、一時的に心が軽くなることがあります。
- 新たな視点の獲得: 想定とはいえ相手の立場からの言葉を考えてみることで、自分一人では気づけなかった視点が得られることがあります。
- 心の区切り: 未完了だった出来事に、ご自身の中で一つの区切りをつけるきっかけになる可能性があります。
ただし、このワークは万能ではありません。深い心の傷やトラウマに関わる感情の場合、一人で取り組むことが難しい場合もあります。感情が非常に強く出てきて辛くなった場合は、無理せず中断し、信頼できる人や専門家(カウンセラーなど)に相談することも大切な選択肢であることを心に留めておいてください。
最後に
心の中に未完了な感情や言えなかった言葉を抱え続けることは、大きなエネルギーを消耗します。この「想定した相手との対話ノート」は、ご自身のペースで、安全な環境で、心の中のわだかまりと向き合い、整理するための一つのツールです。
書くという行為を通じて、ご自身の内面と深く向き合う時間を持つことは、心を癒し、前に進むための大切な一歩となり得ます。このワークが、あなたの心が少しでも穏やかになるためのお手伝いとなれば幸いです。