「許せない感情」が引き起こす人間関係のパターンと向き合うための紙での書き出しワーク
はじめに
私たちの心に深く根差す「許せない」という感情は、時に特定の人間関係において、望まない繰り返しパターンを生み出すことがあります。なぜかいつも同じような衝突をしてしまう、特定の人と関わると辛い気持ちになる、という経験はありませんでしょうか。
こうしたパターンは、過去の出来事やそこで生まれた感情が整理されないまま、現在の関係性に影響を与えているために起こることが少なくありません。そして、この繰り返しに気づきながらも、どうすれば良いか分からず、苦しさを感じている方もいらっしゃるでしょう。
本記事では、「許せない感情」が引き起こす人間関係のパターンに焦点を当て、ご自身の力でそのパターンに気づき、向き合うための紙での書き出しワークをご紹介します。特別な道具は必要ありません。紙とペンがあれば、ご自身のペースで、安心して取り組むことができます。このワークを通じて、繰り返されるパターンから抜け出し、より健やかな関係性を築くための一歩を踏み出す助けとなれば幸いです。
なぜ「許せない感情」が人間関係のパターンを生むのか
「許せない」と感じる感情は、過去の傷つきや期待の裏切り、不公平感など、様々な原因から生まれます。これらの感情が心の中に unresolved(未解決)なまま残っていると、似たような状況や人物に対して、無意識のうちに過去と同じように反応してしまうことがあります。
例えば、過去に裏切られた経験があると、「どうせまた裏切られるだろう」という恐れや不信感が働き、相手の些細な言動にも過敏に反応してしまったり、必要以上に相手を疑ってしまったりすることがあります。これが、相手との間に摩擦を生み、望まない人間関係のパターンを作り出してしまうのです。
この繰り返しは、ご自身の内側にある感情や思考のパターンと深く結びついています。それに気づくことが、変化への第一歩となります。
紙で取り組む「人間関係のパターン」と向き合うワーク
ここでは、許せない感情が引き起こす人間関係のパターンに気づき、その背景を探り、望む未来を考えるための3つのステップからなる書き出しワークを紹介します。紙と筆記用具をご準備ください。
ワークに取り組む際は、ご自身の感情や思考をありのままに書き出すことを意識してください。「こうあるべきだ」という考えや、「こんなことを感じてはいけない」という判断は一旦脇に置き、正直な気持ちを表現することが大切です。誰に見せるものでもありませんので、安心して自由に書き出しましょう。
ワーク1:繰り返されるパターンを書き出す
まず、ご自身の人間関係で繰り返されていると感じるパターンを具体的に書き出してみましょう。特定の相手がいる場合はその相手との関係、複数の相手に共通する場合はその共通点を思い浮かべてください。
準備するもの: ノートまたは数枚の紙、ペン
手順:
- 紙の上部に、このワークで焦点を当てる「特定の人間関係」または「繰り返されると感じる状況」を簡潔に記入します。(例:「母との関係でいつも喧嘩になるパターン」「新しい職場に行くと孤立してしまうパターン」)
- その下または次のページに、実際にそのパターンが起こった具体的な出来事を複数(最低3つ程度)書き出してみましょう。それぞれの出来事について、以下の点を箇条書きなどで記述してください。
- いつ、どこで、誰と、どんな状況で そのパターンが起こったか
- その時、あなたはどんな感情(例:怒り、悲しみ、苛立ち、失望、不安、寂しさなど)を感じたか。「許せない」と感じたのはどんなことか。
- その感情を感じたとき、あなたはどんな行動をとったか(例:黙り込んだ、感情的に言い返した、その場から逃げ出した、相手を避けたなど)
- 相手はどんな反応をしたか(例:さらに怒った、無視した、困惑した、謝ってきたなど)
- 結果として、どうなったか(例:関係がさらに悪化した、問題が解決しなかった、後悔したなど)
書き出しの例:
- パターン: 夫に何か指摘されるとすぐ反発してしまう
- 出来事1: 昨晩、夫が私の洗濯物の畳み方について「こうしてくれた方が助かるな」と言った。→ 私は「前にやった時は文句言わなかったじゃない!」とムッとした感情になり、言い返した。→ 夫は「別に文句じゃないのに」とため息をつき、険悪な雰囲気になった。→ 後で後悔した。
-
出来事2: 先週、夫が夕食の準備に時間がかかっている私に「まだ終わらないの?」と言った。→ 私は「急いでるわよ!」と怒りを感じ、早口で答えた。→ 夫はそれ以上何も言わず、手伝いもしなかった。→ 一人でイライラが募った。
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複数の出来事を書き出した後、全体を見返してみましょう。共通する感情、あなたの行動パターン、相手の反応、最終的な結果など、何か見えてくるものがあるでしょうか。
ポイント:
- 具体的な描写を心がけると、パターンが見えやすくなります。
- 感情や行動に良い悪いの評価をつけず、事実をそのまま書き出すことに集中しましょう。
ワーク2:パターンの背景を探る
ワーク1で書き出したパターンを見ながら、なぜそのパターンを繰り返してしまうのか、その背景にあるご自身の内面に目を向けてみましょう。
準備するもの: ワーク1で使った紙、新しい紙、ペン
手順:
- ワーク1で特定したパターンと、書き出した複数の出来事を見返します。
- 以下の問いかけを参考に、ご自身の感情や行動の背景にある考え、信念、過去の経験などを新しい紙に書き出してみましょう。問いかけごとに分けて書いても良いですし、関連付けて自由に書いても構いません。
- ワーク1で感じた「許せない感情」は、具体的に何に対して湧いてきたのだろうか?(例:「自分のやり方を否定されたこと」「理解してもらえないこと」「自分の価値を認められないこと」など)
- その感情を感じたとき、あなたは心の中で何を考えただろうか?(例:「私はいつも否定される」「どうせ私の意見は聞いてもらえない」「自分はダメな人間だ」など)
- その時のあなたの行動は、どんな気持ちや考えから生まれているだろうか?(例:自分を守ろうとした、相手に自分の気持ちを分かってほしかった、これ以上傷つきたくなかった、相手をコントロールしたかったなど)
- このパターンと似たような経験を、過去の他の人間関係(家族、友人、昔の恋人など)で繰り返していなかっただろうか? もしそうなら、それはどんな経験だったか?
- このパターンを繰り返すことで、あなたは無意識のうちに何を得ているだろうか?(例:一時的な優越感、相手への罰、これ以上深く傷つかないこと、自分の正しさの確認など)これは少し難しい問いですが、考えてみましょう。
書き出しの例(ワーク1の例に対応):
- ワーク1のパターン: 夫に何か指摘されるとすぐ反発してしまう
- 背景の探求:
- 夫の言葉に「私はできてない」とダメ出しされたような感情が湧いた。「いつも完璧じゃないといけない」というプレッシャーがあるのかもしれない。
- 心の中で「どうせ私の努力なんて認めてくれない」「また否定されるんだ」という諦めや反発心が生まれた。
- すぐに反発するのは、「私は間違ってない」と自分を守りたい気持ちからきている。先に攻撃すれば傷つかずに済むと考えている節がある。
- 子供の頃、両親に自分の頑張りを認められず、何かにつけて注意ばかりされた経験を思い出した。その時の「どうせ私なんて」という気持ちが蘇るようだ。
- 反発することで、夫に自分の気持ちを分からせたい、あるいは夫が自分を傷つけたことへの罰を与えたいと思っているのかもしれない。一時的に「夫を言い負かした」ような気持ちになることもある。
ポイント:
- ご自身の内面にある、普段意識していない思考や感情に気づくことが目的です。
- すぐに答えが出なくても構いません。出てきたものを受け止めることから始めましょう。
ワーク3:望む関係性と行動を考える
パターンとその背景にあるものが見えてきたら、次に、そのパターンから抜け出して、どのような人間関係を築きたいか、どのように行動したいかを具体的に考えてみましょう。
準備するもの: 新しい紙、ペン
手順:
- ワーク1とワーク2で書き出した内容を見返します。
- もしワーク1で書き出したパターンが起こらなくなったら、あるいはそのパターンから抜け出せたら、あなたは誰と、どのような人間関係を築きたいか、新しい紙に自由に書き出してみましょう。具体的な人、状況、相手との関わり方などを想像して記述してください。
- 望む関係性を築くために、次に似たような状況が起こったとき、あなたはどのように感じたいか、どのような行動をとりたいかを具体的に書き出します。ワーク1で書き出した「望まない行動」とは異なる、新しい行動を考えてみましょう。
- その望む関係性や行動は、あなたが人生で大切にしているどんな価値観(例:尊重、理解、信頼、平和、誠実さ、成長など)に基づいているか、考えて書き加えてみましょう。
書き出しの例(ワーク1, 2の例に対応):
- ワーク1, 2のパターン: 夫に何か指摘されるとすぐ反発してしまう
- 望む関係性・行動:
- 夫とは、お互いに安心して何でも話せる関係でありたい。尊重し合い、少しのすれ違いがあっても、冷静に話し合って解決できるようになりたい。
- 次に夫から何か指摘されたとき、まず感情的に反発するのではなく、一度立ち止まって夫が何を言おうとしているのか calmly(穏やかに)聞くことから始めたい。
- たとえ夫の言葉に傷つきや怒りを感じても、すぐに言い返すのではなく、「今、私は〜と感じています」と自分の気持ちを伝えるようにしたい。
- 夫の言葉を「自分へのダメ出し」ではなく、「夫の考えや希望」として受け止め、「どうしてそう思うの?」と質問してみるようにしたい。
- これは、私が夫との関係で「信頼」と「相互理解」を大切にしているからだ。
ポイント:
- 実現可能かどうかは一旦考えず、率直な「こうなりたい」という希望を書き出しましょう。
- 具体的な行動を考える際は、「〜しない」という否定形ではなく、「〜する」という肯定形で記述すると、行動に移しやすくなります。
ワークを終えて
3つのワーク、お疲れ様でした。紙に書き出すという作業を通じて、ご自身の心の中で繰り返されていたパターンや、その背景にある感情、そして未来への希望が見えてきたのではないでしょうか。
これらのワークは、一度行えば全てが解決するというものではありません。しかし、ご自身のパターンに気づき、その背景にあるものへの理解を深め、望む方向性を明確にすることは、変化を起こすための重要な第一歩となります。
感情のパターンは長年の習慣のようなものですから、すぐに変えることは難しいかもしれません。それでも、ワークで書き出した「望む行動」を意識して、少しずつでも実践してみることで、徐々に新しいパターンを築いていくことができます。うまくいかない時があっても、ご自身を責めず、根気強く、そしてご自身に優しく向き合い続けることが大切です。
このワークが、あなたが抱える「許せない感情」と建設的に向き合い、人間関係をより良いものにしていくための一助となれば幸いです。
継続することの重要性
今回紹介したワークは、一度きりで終わらせるのではなく、時々見返したり、新しい出来事について書き出したりすることで、より深くご自身のパターンへの理解を深めることができます。感情や状況は常に変化しますので、継続的に取り組むことで、その時々の心と向き合う手がかりとなるでしょう。
また、ワークを通じてご自身の感情や内面に触れることは、自己理解を深め、自己肯定感を育むことにもつながります。ご自身の感情を受け止め、大切に扱うことは、健やかな人間関係を築く上でも非常に重要です。
もしワークに取り組む中で強い感情が出てきたり、一人で抱えきれないと感じたりした場合は、信頼できる友人や家族に話を聞いてもらったり、必要であれば専門家のサポートを検討することも大切です。ご自身の心と体を大切にしながら、ご自身のペースで取り組んでください。
このワークが、あなたの心と人間関係に穏やかな変化をもたらすことを願っています。