心の中の感情に名前をつける紙での書き出しワーク
感情に名前をつけることの意義
私たちは日々、様々な感情を抱いて生きています。喜びや楽しさといった心地よい感情だけでなく、怒り、悲しみ、不安、落胆、焦燥感など、時に私たちを苦しめる複雑な感情も経験します。特に、許せないと感じる出来事や、過去の辛い経験からくる感情は、心の中に漠然とした重さや混乱をもたらすことがあります。
こうした捉えどころのない感情は、その正体が分からないために、より一層私たちを不安にさせたり、無力感を感じさせたりすることがあります。しかし、心の中の感情に「名前をつける」という一歩を踏み出すことで、その感情を少し離れたところから眺め、理解するための糸口を見つけることができます。
感情に名前をつけることは、漠然とした塊を具体的な「対象」として認識する作業です。これにより、感情に圧倒されるのではなく、「これは〇〇という感情なのだな」と冷静に受け止めることができるようになります。これは、感情との健全な向き合い方を学ぶ上で、非常に大切な基礎となります。
ここでは、紙とペンだけを使って、ご自身の心の中の感情に名前をつけて理解を深めるための書き出しワークをご紹介します。誰にも見せる必要はありませんので、ご自身のペースで安心して取り組んでみてください。
紙とペンでできる感情の名前つけワーク
このワークは、今感じている感情に意識を向け、それを言葉にすることで、感情の輪郭を明確にすることを目的としています。特別な知識や道具は必要ありません。落ち着いた場所で、ご自身の心と向き合う時間を作ってみましょう。
準備するもの
- 紙(ノートやレポート用紙など、どんな紙でも構いません)
- ペン(鉛筆、ボールペンなど、書きやすいもの)
ワークの手順
ステップ1:今感じていることをそのまま書き出す
静かな場所で座り、深呼吸を数回行い、心を落ち着かせます。そして、「今、私はどんな気持ちだろう」「何を感じているだろう」と、ご自身の心に問いかけてみてください。
頭の中で考えがまとまらなくても構いません。感じていること、頭に浮かんだ言葉、体の感覚などを、思いつくままに紙に書き出していきます。箇条書きでも、文章でも、単語だけでも良いです。
- 例:モヤモヤする、胸がザワザワする、腹立たしい、悲しい、なんだか重い、落ち着かない、嫌な気分、悔しい、寂しい、何も感じない気がする など
良い悪いの判断はせず、正直に、心の中から出てくる言葉をそのまま書き出してください。書き出すことで、頭の中が整理されていきます。
ステップ2:書き出した言葉から「感情」を探す
ステップ1で書き出した言葉や感覚を眺めてみましょう。それらの言葉は、どのような「感情」に近いでしょうか。
- 例えば、「腹立たしい」「ムカつく」「イライラする」といった言葉からは、「怒り」という感情が見出せるかもしれません。
- 「胸がザワザワする」「落ち着かない」「どうしよう」といった言葉からは、「不安」や「心配」という感情が見出せるかもしれません。
- 「なんだか重い」「何もする気がしない」「寂しい」といった言葉からは、「悲しみ」や「落胆」といった感情が見出せるかもしれません。
もし、適切な感情の名前が見つからない場合は、一般的な感情リスト(例:嬉しい、楽しい、悲しい、怒り、不安、驚き、恐れ、恥ずかしい、悔しい、寂しい、虚しい、など)を参考にしてみるのも良いでしょう。ただし、リストにある言葉に無理に当てはめる必要はありません。ご自身が「これが一番しっくりくるな」と感じる言葉を見つけてください。複数の感情が混ざり合っていると感じる場合もあります。その場合は、思いつく感情の名前を全て書き出しても構いません。
ステップ3:見つけた感情の名前を書き出す
ステップ2で見つけた感情の名前を、紙に書き出します。一つでも複数でも良いです。
- 例:
- 怒り
- 悲しみ、寂しさ
- 不安、焦り
- 悔しさ、無力感
感情の名前を文字にすることで、感情がより具体的な存在として認識できるようになります。
ステップ4:なぜその感情を感じるのか、背景を書き添える
ステップ3で書き出した感情の名前の横に、「なぜその感情を感じているのか」について、簡単な理由や背景を書き添えてみましょう。
- 例:
- 怒り:約束を破られたから
- 悲しみ、寂しさ:一人でいる時間が長いから
- 不安、焦り:今後のことが何も決まっていないから
- 悔しさ、無力感:努力したのにうまくいかなかったから
この時、深く原因を追求したり、自分や他人を責めたりする必要はありません。あくまで、その感情がどのような状況や出来事に関連しているのかを、客観的に書き出すことを目的とします。もし理由がすぐに思いつかない場合は、「理由が分からない」と書いても構いません。
ステップ5:その感情に伴う体の感覚を書き出す
最後に、ステップ3で書き出した感情を感じる時、ご自身の体にどのような変化や感覚があるかを書き出してみましょう。感情は体と繋がっています。体の感覚に意識を向けることで、感情への理解が深まります。
- 例:
- 怒り:肩に力が入る、歯を食いしばる
- 悲しみ、寂しさ:胸のあたりが重い、喉がつかえる感じ
- 不安、焦り:お腹が痛くなる、手のひらに汗をかく
- 悔しさ、無力感:全身がだるい、ため息が出る
ワークシートの例
以下のようなシンプルな表形式で書き出すこともできます。
| 今感じている言葉・感覚 | 見つけた感情の名前 | なぜその感情を感じるか(簡単な背景) | 体の感覚 | | :--------------------- | :----------------- | :--------------------------------- | :------- | | 胸がザワザワする | 不安 | これからどうなるか分からない | 胃がキリキリする | | 腹が立つ、頭に血が上る | 怒り | 相手の無責任な態度 | 拳を握りしめる | | なんとなく重い、涙が出そう | 悲しみ | 過去の出来事を思い出したから | 喉の奥が熱い |
ワークに取り組む上でのポイントと期待できる効果
- 正直に、ありのままに書く: 誰かに見せるものではありません。感じていること、頭に浮かんだことを隠さずに書き出してください。
- 完璧な言葉を探さない: 感情に完璧な名前はありません。「これかな?」と思う言葉で十分です。しっくりこなければ、複数の言葉を並べても良いでしょう。
- ネガティブな感情もOK: 怒りや悲しみといった、一般的にネガティブとされる感情にも、きちんと名前をつけてください。それらを無視したり否定したりするのではなく、受け止めることが大切です。
- 毎日少しずつでも: 一度にたくさん書く必要はありません。数分でも良いので、継続的に取り組むことで、感情を認識する力が養われていきます。
- 期待できる効果:
- 感情の輪郭がはっきりし、捉えやすくなる。
- 漠然とした苦痛が和らぎ、少し客観的に感情を見られるようになる。
- 感情に圧倒されにくくなり、冷静さを保ちやすくなる。
- 感情の背景や、何が感情の引き金になっているのかに気づく手がかりが得られる。
- 自分自身の内面への理解が深まる。
注意点
このワークは、感情を「整理する」ための最初の一歩です。感情に名前をつけたからといって、すぐに全ての感情が消えたり、問題が解決したりするわけではありません。しかし、感情を認識し、受け止めることは、感情に振り回されずに自分自身でいるための大切な土台となります。
もしワーク中に、感情が溢れてきてつらくなったり、混乱したりする場合は、無理せずに中断してください。ご自身の心の状態を第一に考えて取り組むことが大切です。
まとめ
心の中の複雑な感情に名前をつけることは、その感情の正体を知り、向き合うための有効な方法です。紙とペンを使ったこのシンプルな書き出しワークを通して、ご自身の感情をより深く理解し、混乱から一歩抜け出すきっかけを見つけていただければ幸いです。感情と上手に付き合いながら、ご自身のペースで前に進んでいくための一助となることを願っております。