感情の波にのまれそうな時、最初の一歩となる紙での書き出しワーク
感情にのまれそうな時、どのように過ごせば良いのでしょうか。許せない怒りや深い悲しみが胸に込み上げ、思考がまとまらず、何も手につかなくなってしまうことは、誰にでも起こり得ます。このような時、一人でその感情と向き合うことは、時に非常に困難に感じられるかもしれません。
誰かに話を聞いてもらうことも一つの方法ですが、すぐに相談できる人がいなかったり、自分の気持ちを言葉にするのが難しかったりすることもあるでしょう。また、デリケートな感情だからこそ、自分のペースで静かに整理したいと感じる方もいらっしゃいます。
この記事では、感情の波にのまれそうになった時に、まず最初に取り組めるシンプルな紙での書き出しワークをご紹介します。特別な準備は不要で、紙と筆記用具さえあれば、すぐに始めることができます。このワークは、感情に直接立ち向かうというよりも、感情に圧倒されている状態から少し距離を置き、心を落ち着かせるための一歩となることを目指しています。
なぜ紙に書き出すことが有効なのか
感情が強く揺れ動いている時、頭の中では様々な思考や感覚が渦巻いています。これを言葉にしたり、形にしたりせずにいると、まるで出口のない迷路にいるかのように感じられることがあります。
紙に書き出すという行為は、心の中にある漠然としたものを「見える形」にする手助けとなります。物理的に手を動かし、文字を書き出すことで、感情や思考が整理され、少し客観的に捉えられるようになる効果が期待できます。また、書くという単純な動作は、高ぶった神経を鎮め、今この瞬間に意識を戻す「グラウンディング」の効果も併せ持っています。
デジタル機器を使うことに慣れていない方でも、紙とペンであれば手軽に始められます。自分の手で書くというアナログな作業が、かえって落ち着きをもたらすこともあります。
最初の一歩となる書き出しワーク:感情と感覚に意識を向ける
このワークは、感情の原因や理由を深く掘り下げるのではなく、今、自分が何を感じているか、身体はどのように反応しているかに優しく意識を向けることを目的としています。感情に圧倒されている時は、原因を探るよりも、まず落ち着きを取り戻すことが大切だからです。
準備するもの
- 紙(ノートの切れ端、コピー用紙など、何でも構いません)
- ペンまたは鉛筆
ワークの手順
椅子に座る、床に座るなど、自分が少しでも落ち着ける姿勢を取り、深呼吸を数回行ってみましょう。準備ができたら、以下のステップで書き進めます。
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日付と簡単なタイトルを書く:
- 紙の上部に、今日の日付を書きます。
- その下に、「今の気持ち」や「感情のメモ」など、簡単なタイトルをつけても良いでしょう。タイトルが思いつかなければ、何も書かなくても構いません。
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今の感情を言葉にする:
- 次に、「今の気持ち」という見出し(または自分で決めた印)の下に、今感じている感情を思いつくままに書き出してみます。
- 単語でも、短いフレーズでも構いません。「悲しい」「腹立たしい」「不安」「もやもやする」「落ち着かない」「力が抜ける感じ」「イライラする」など、どんな言葉でも良いです。
- 一つの感情だけでなく、いくつかの感情が同時に存在することもあります。感じていることをそのまま書き出しましょう。綺麗な文章にする必要はありません。箇条書きでも、単語を並べるだけでも構いません。
- 例:
- 悲しい
- あの時のこと
- 悔しい
- 涙が出そう
- どうしようもない
- つらい
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身体の感覚に意識を向ける:
- 次に、「身体の感覚」という見出し(または印)をつけて、今の感情が身体のどこで、どのように感じられているかを書き出してみましょう。
- 感情は、胸が締め付けられる、お腹が重い、肩がこる、喉が詰まる、手が震える、顔が熱くなるなど、様々な身体の感覚として現れることがあります。
- 感じるままに書き出します。これも単語や短いフレーズで構いません。
- 例:
- 胸が苦しい
- お腹が冷たい感じ
- 肩に力が入っている
- 息が浅い
- 手が少し震える
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今、ここにあるものを確認する(グラウンディング):
- 最後に、「今、ここにあるもの」という見出し(または印)をつけて、あなたの周りにあるもの、聞こえる音、触れているものなど、今の現実に関することを書き出してみましょう。これは、感情にのめり込んでいる意識を「今、ここ」に戻すためのステップです。
- 例えば、「机が見える」「鳥の声が聞こえる」「座っている椅子の感触がある」「部屋の明かりが見える」「時計の音が聞こえる」など、五感で捉えられる具体的なものを3つずつほど書き出してみましょう。
- 例:
- 目の前の壁
- ペンを持つ手の感覚
- 外の車の音
- 窓から入る光
- 座っている椅子の硬さ
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書き出したものを眺める:
- 全てのステップが終わったら、書き出した紙を静かに眺めてみます。
- 書き出した内容について、良い悪い、正しい間違いといった判断を加えたり、分析したりする必要はありません。
- ただ、「ああ、自分は今、こんなことを感じているのだな」「身体はこんな風に反応しているのだな」「今はここにいるのだな」と、ただ「見る」「知る」という姿勢で眺めます。
ワークに取り組む上でのポイント
- 完璧を目指さない: 書く内容や書き方に決まりはありません。思いついたまま、自由に書きましょう。
- 短い時間でも良い: 数分だけでも効果があります。感情が強くても、少しでも書き出すことで変化が生まれます。
- 安全な場所で: 周囲を気にせず、一人で落ち着いて取り組める場所を選びましょう。
- 無理はしない: もし、書いていて感情がさらに強く出てきて苦しくなった場合は、無理に続ける必要はありません。中断しても構いません。紙を破る、ぐしゃぐしゃにするなど、別の形で感情を表出させることも、時には助けになります。
このワークに期待できる効果
このシンプルなワークは、感情の波にのまれそうになった時に、以下のような効果をもたらすことが期待できます。
- 感情の客観視: 頭の中で渦巻いていた感情や思考が、紙の上に書き出されることで、少し距離を置いて見られるようになります。
- 身体への意識: 感情だけでなく、身体の感覚に意識を向けることで、過度な思考から一時的に離れることができます。
- 今ここへの意識: 周囲にあるものに意識を向けることで、「今、この瞬間」にグラウンディングし、現実との繋がりを取り戻す助けになります。
- 心の落ち着き: 書くという行為自体や、上記の効果を通じて、高ぶった心が少しずつ落ち着きを取り戻すことにつながります。
これは感情を完全に解決するワークではありませんが、感情に圧倒されて動けなくなっている状態から、「少し落ち着いて、次の一歩を考える余裕をつくる」ための一時的な手助けとなります。
ワークを終えて
このワークに取り組まれた後、どのような変化がありましたか。少しでも心が落ち着いた感じはありましたでしょうか。それとも、あまり変わらないと感じられたかもしれません。どのような結果であっても、今のあなたが感じている状態が「正しい」状態です。
このワークは、感情の波にのまれそうな時の「応急処置」のようなものです。一度で劇的な変化がなくても、繰り返し行うことで、感情に圧倒されそうになった時に、自分で自分を支えるための感覚を養うことができるかもしれません。
もし、このワークで少し落ち着きを取り戻せたなら、そこからさらに感情を深く整理するための他の書き出しワークに進んでみるのも良いでしょう。ご自身のペースで、安心して取り組める方法を見つけていくことが大切です。
感情との向き合い方は一つではありません。このワークが、あなたがご自身の心に優しく寄り添うための一歩となることを願っています。