過去の辛い出来事から心理的な距離を置くための紙での書き出しワーク
過去の出来事と向き合う難しさ
過去に経験した辛い出来事や、そこで抱いた「許せない」という怒りや悲しみは、時間が経っても私たちの心に残り続けることがあります。その出来事を思い出したり、関連する状況に触れたりするたびに、同じような感情が蘇り、まるで今もその場にいるかのように感じてしまうかもしれません。
私たちは、過去を変えることはできません。しかし、過去の出来事が「今の自分」に与える影響や、その出来事に対する「自分の感じ方や捉え方」に変化をもたらすことは可能です。過去の出来事そのものから完全に切り離されることは難しいかもしれませんが、そこから心理的な距離を置くことで、感情の波にのみ込まれにくくなり、冷静に自分自身や状況を捉え直すことができるようになります。
この記事では、過去の辛い出来事から心理的な距離を置くことを目指す、紙とペンを使った書き出しワークをご紹介します。自分のペースで、安心して取り組んでみてください。
紙とペンで取り組むワークの準備
このワークを始めるにあたって準備するものは、紙と筆記用具だけです。ノートでも、ルーズリーフでも、どんな紙でも構いません。心が落ち着く場所を選び、誰にも邪魔されない時間を見つけてから始めましょう。
このワークの目的は、過去の出来事を「客観的に見つめ直し」、その出来事との「心理的な距離を意識する」ことです。感情を吐き出すことも大切ですが、今回は特に、出来事を冷静に捉え直す視点に焦点を当てていきます。
ワーク1:出来事の「事実」と「感情」を書き出す
まず、向き合いたい過去の辛い出来事を一つ選びます。そして、その出来事について、以下の二つの側面から書き出してみましょう。紙を縦半分に分けて、左側に「事実」、右側に「感情」と見出しをつけて書き出すと整理しやすいかもしれません。
- 左側:「出来事の事実」
- その出来事は、いつ、どこで起こりましたか。
- 誰が関わっていましたか。具体的にどのような行動や言動がありましたか。
- 客観的に見て、何が起こりましたか。(自分の解釈や推測、感情は含めずに、事実だけを書き出してみてください。「〜と言われた」「〜という状況だった」のように、録画したかのように描写してみる練習です)
- 右側:「その時に感じた感情」
- その事実に対して、あなたはどのような感情を抱きましたか。
- 怒り、悲しみ、悔しさ、失望、怖れ、無力感など、思いつく限りの感情を書き出してみてください。
- その感情は、体のどこかに現れていましたか。(例:お腹が痛くなった、胸が苦しいなど)
ポイント: 事実と感情を分けて書き出すことは、出来事そのものと、それに伴う自分の反応を切り離して捉えるための第一歩です。事実だけを見つめるのは辛い作業かもしれませんが、自分の感情が「事実」に対する反応であることを理解する助けになります。
ワーク2:出来事との心理的な距離を意識する
次に、書き出した出来事から一歩引いて、心理的な距離を意識するための書き出しを行います。以下の質問に対する答えを自由に書き出してみてください。
- 今のあなたが、その出来事を遠くから眺めている様子を想像してみてください。
- それはどんな景色に見えますか。(例:遠い山の上の出来事、ガラスケースの中の展示物、古い白黒写真など)
- その出来事と、今のあなたとの間には、どんな距離や障壁がありますか。(例:厚い壁がある、大きな川が流れている、長い時間が経過しているなど)
- 遠くから眺めることで、何か新しく気づくことはありますか。
- もし、その出来事が起こった場所から、あなたが今いる場所までの道のりを想像できるとしたら、それはどんな道のりでしたか。
- その道のりには、どのような出来事がありましたか。
- あなたはどのようにその道のりを歩んできましたか。
- その出来事の中にいる、当時のあなた自身を想像してみてください。
- もし、今のあなたが当時のあなたに何か言葉をかけるとしたら、どんな言葉をかけますか。
- 当時のあなたに、今のあなたがしてあげられることはありますか。
ポイント: これらの質問は、出来事を「過去の出来事」として認識し、それが「今の自分」とは時間的・心理的に離れたものであることを感じ取るためのものです。視覚的なイメージや比喩を使うことで、感情的な結びつきを少し緩めることを試みます。
ワーク3:今の自分にとっての「意味」を再評価する
最後に、その辛い出来事が、今のあなたにとってどのような意味を持つのかを改めて考えて書き出してみましょう。無理にポジティブに考える必要はありません。純粋に、今の自分が感じていること、気づいていることを書き出します。
- その出来事を経験した「過去の自分」は、今のあなたにどんな影響を与えていますか。
- その経験を通じて、あなたが守ろうと決めたこと、大切にしようと決めたことはありますか。
- 失ったものがある一方で、得たものや、気づけたことはありますか。
- 今のあなたは、その出来事をどのように捉え直すことができますか。
- もし、その出来事があなたに何か教訓を与えているとしたら、それは何ですか。
- その出来事を経て、今のあなたが以前よりも強くなったと感じる点はありますか。
- 今後、その出来事とどのように向き合っていきたいですか。
- その出来事が、これからの人生にどう影響することを望みますか。
ポイント: 過去の出来事は、単なる「辛い出来事」として終わるだけでなく、その後の人生に様々な影響を与えます。その影響の中には、あなたが無意識のうちに学んだことや、自分を守るために身につけた強さなども含まれているかもしれません。出来事そのものの評価ではなく、「それが今の自分に何をもたらしているか」という視点で考えることで、過去の意味を再構築し、未来への一歩につなげることができます。
ワークに取り組む上での心構えと注意点
- 無理せず、自分のペースで: このワークは、心のエネルギーを必要とします。辛いと感じたら、途中で中断しても構いません。続きは、心が落ち着いてから取り組みましょう。
- 自分を責めない: どのような感情や考えが浮かんできても、自分を責めたり批判したりしないでください。ただ、紙に書き出すという行為そのものが大切です。
- 完璧を目指さない: すべての問いに答えられなくても、綺麗にまとめられなくても問題ありません。思いつくままに、正直に書き出すことが重要です。
- 書き出したものとの付き合い方: 書き出したものは、誰かに見せる必要はありません。後で見返して変化に気づくこともあれば、シュレッダーにかけるなどして物理的に手放すことで気持ちの整理につながることもあります。
まとめ:心理的な距離がもたらすもの
過去の辛い出来事から心理的な距離を置くことは、その出来事を忘れることではありません。それは、出来事によって引き起こされる感情の波にのみ込まれるのではなく、岸辺から海を眺めるように、少し引いた場所から出来事を捉え直す試みです。
このワークを通じて、あなたは出来事と自分自身との間に意識的な境界線を引く練習をします。これにより、過去の出来事が「今の自分」を完全に支配しているわけではないこと、そして、その出来事を経てもなお、あなたはここに存在し、前に進む力を持っていることに気づけるかもしれません。
今回ご紹介したワークは、過去の感情と向き合うための一つの方法です。繰り返し行うことで、新しい気づきがあるかもしれませんし、他の書き出しワークと組み合わせて行うことで、さらに深い理解が得られることもあります。あなたの心の平穏を取り戻すための一助となれば幸いです。